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名古屋高等裁判所 昭和47年(行コ)14号 判決 1976年11月30日

控訴人 深谷覚二

控訴人 深谷達海

右両名訴訟代理人弁護士 竹下伝吉

同 山田利輔

同 青木仁子

被控訴人 愛知県知事 仲谷昇

右指定代理人 山内進

<ほか五名>

右訴訟代理人弁護士 浪川道男

主文

本件控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一当事者の求める判決

(控訴人ら)

主位的請求として、

一  原判決主文第一項を取消す。

二  被控訴人は控訴人深谷覚二に対し金四六〇万二、二一五円控訴人深谷達海に対し金五三四万四、八七五円を支払え。

三  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求め、予備的請求として、

一  原判決主文第二項を取消す。

二  愛知県収用委員会のなした控訴人深谷覚二に対する原判決別紙第一目録記載の土地に対する補償額四六四万六、三五〇円を六九六万九、五二五円に変更する。

三  愛知県収用委員会のなした控訴人深谷覚二に対する別紙第二及び第三目録記載の土地のうち二、六一九・五七平方メートルに対する補償額二七四万二、一三〇円を三九二万九、三五五円に変更する。

四  愛知県収用委員会のなした控訴人深谷達海に対する別紙第一目録記載の土地の使用権に対する補償額四一二万二、三八六円を六九六万六、五二五円に変更し、且つ、その裁決中「右土地の所有者が天宝新田耕作組合又は深谷覚二、大西好江、森郁朗の何れかに確定した時」との右条件を取消す。

五  愛知県収用委員会が控訴人深谷覚二に対してなした営業補償額一〇九万一、八一八円を二一八万三、六三三円と変更する。

六  愛知県収用委員会が控訴人深谷達海に対してなした営業補償額二五〇万〇、七三六円を五〇〇万一、四二七円に変更する。

七  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決及び仮執行の宣言を求めた。

(被控訴人)

主文同旨の判決を求めた。

《以下事実省略》

理由

一  本案前の抗弁について判断する。

(一)  先ず、被控訴人は、「法一三三条二項によれば損失の補償に関する訴は起業者を被告としなければならないところ、被控訴人は右にいう起業者に当らない。」と主張する。

しかし、右にいう被告適格を有する起業者には、本件一般国道一五五号改築工事の施行者たる被控訴人とその事業費を負担する国ないし地方公共団体が含まれ、控訴人らとしては、そのいずれか一方を被告として提訴するをもって足るものと解するのが相当であると考える(大審院民事連合部判決昭和五年一月二九日民集九巻上七八頁以下参照)。従って、この点に関する被控訴人の本案前の抗弁は採用できない。

(二)  次に、被控訴人は、「損失の補償に関する訴は補償の額についての不服申立を指称するものと解すべきところ、予備的請求の趣旨中、控訴人深谷達海に対する裁決のうちの補償支払時期の取消を求める部分は、損失補償請求権者の確定と補償額の支払時期に関するものであり、これについての不服申立は損失の補償に関する訴には該当しないから不適法である。」と主張する。

しかして、損失の補償に関する訴を被控訴人主張の如く限定的に解すべき法文の根拠も実質的な理由もないので、右主張は採用できないが、控訴人深谷達海の右不服申立は法一三三条二項により起業者を被告として提起する当事者訴訟の形式によるべく、当該行政処分の主体でない起業者に対してその取消を訴求することは許されないから、右の訴の部分は結局不適法たるに帰し、却下を免れない。

(三)  更に、被控訴人は、「予備的請求の趣旨中、控訴人らに対する裁決のうちの損失補償額の変更(増額)を求める部分は、損失補償額に争いのある場合は起業者被収用者又は関係人間で給付訴訟(又は確認訴訟)によって解決しようとしている法一三三条の法意に反するから不適法である。」と主張する。

しかして、法一三三条による提訴の訴訟形式については争いのあるところであるが、当裁判所も被控訴人の主張するところと同じ論拠により、これを起業者と被収用者又は関係人間で給付訴訟(又は確認訴訟)、即ち当事者訴訟形式によるべきものと解するのが正当であると考えるので、右の訴の部分はいずれも不適法として却下すべきである。

二  主位的請求について判断する。

(一)  控訴人ら主張の請求原因事実中、愛知県収用委員会が昭和四四年二月二四日に控訴人ら主張の土地収用裁決申請事件につき、原判決別紙第一目録記載の土地、同第二目録記載の(ロ)(ハ)の土地、同第三目録記載の(ハ)の土地に対する補償並びに控訴人らの釣堀営業に対する営業補償について控訴人ら主張の如き補償額による裁決をなしたこと(その補償金額の内訳は一平方メートル当り所有権に対し現況畑につき金三、六〇〇円、現況池沼につき金二、〇〇〇円、使用貸借権又は使用転借権がある場合は所有権に対し現況畑、現況池沼とも金一、〇〇〇円、使用貸借権又は使用転借権に対し現況畑につき金二、六〇〇円、現況池沼につき金一、〇〇〇円であり、営業補償は控訴人深谷覚二に対し金一〇九万一、八一八円、控訴人深谷達海に対し金二五〇万〇、七三六円であること)は当事者間に争いがない。

しかして、《証拠省略》を総合すると、前記補償額は、被控訴人主張の如く、要するに、収用土地については、鑑定を基に、本件収用土地の位置・環境、特に価格評価時点である昭和四三年九月四日当時における付近地域の宅地化の進行度合を観察し、更に池沼部分については池沼の状態(水深等)、付近の条件(埋立用土砂取得の可能性等)を斟酌した上、本件収用土地の最有効用途は宅地見込地であると認定し、現況畑については近傍宅地に準じた価格一平方メートル当り三、六〇〇円を算定し、現況池沼については、畑土地価額、池沼の水深、収益等をも考慮し、平均埋立費用、地盤軟弱性、需給率等を参酌して、一平方メートル当り二、〇〇〇円と算定したものであること、また、営業補償については、控訴人らの提出にかかる釣堀営業の計算書、半田税務署長の所得証明書、その営業の実態等を参考にして、愛知県公益事業の施行に伴う損失補償基準に則り、前記補償額(通水路補償額も計上)を算定したものであることが認められる。そして、これらの補償額は、前掲各証拠に、《証拠省略》を合わせ考えると、いずれも妥当なものとして是認することができる。《証拠判断省略》即ち、

(1)  控訴人は、「本件収用土地の補償額は、①現況畑については一平方メートル当り三、六〇〇円、②現況池沼については、その最有効用途は養魚池であり、現況畑の右三、六〇〇円より埋立費用九五〇円を控除した一平方メートル当り二、六五〇円であり、なお収用に伴って附随的にその必要を生じた養魚池の移築費用として一平方メートル当り九五〇円を補償すべきである。」と主張する。

しかし、現況池沼の最有効用途が養魚池であるとする控訴人らの主張に副う《証拠省略》は、価格評価時点である昭和四三年九月四日当時における本件収用土地付近地域の宅地化の進行度合、池沼の状態(水深・面積等)、付近の条件(埋立用土砂取得の可能性等)等の事実に照らして採用し難く、他に現況池沼部分の最有効用途は宅地見込地であるとした前記認定判断を覆えし、控訴人らの主張する養魚池であることを肯認し得べき証拠はない(前掲乙第一二号証中には原判決別紙第二目録記載の土地のうち現況池沼につき最有効用途は養魚池であるとの記載があるが、当審証人畔柳勲の証言に照らすと、右の記載は必らずしも養魚池であると断定した趣旨のものではなく、総合的に考察して宅地見込地であると理解することを妨げる趣旨のものとは言えない。)。控訴人らが前掲乙第一一号証の二及び乙第一二号証は、全く再調達原価を求めず、積算価格を関連付けていない不当な鑑定であると主張するところも、結局、現況池沼の最有効用途が養魚池であるとの観点に立っての批判であって当らない。

なお、甲第一三号証は、右の点の外、被控訴人の指摘するような疑問点があり、本件収用土地の補償額の算定につき、到底採用し難いものである。

(2)  控訴人らは、「被控訴人が本件収用土地の補償額の鑑定を依頼するに当り、評価条件を宅地見込地と設定しており、これは鑑定人の判断の独自性を損なわせるものである。」旨主張する。

しかして、前掲乙第一〇号証、第一一号証の一、二の鑑定書には評価条件として宅地見込地と記載されていることは認められるが、被控訴人が本件収用土地の最有効用途を宅地見込地と認定判断し、これを評価条件として鑑定依頼することは何ら差支えなく、そのこと自体によって鑑定価値が損なわれるものではない。また、前掲乙第一二号証の鑑定書は、その記載内容及び当審証人畔柳勲の証言によって明らかな如く、鑑定人の独自の判断によって本件収用土地の最有効用途を鑑定しており、その価格算定に当っても、現況池沼につき宅地見込地としての鑑定のほかに養魚池としての収益価格を求め鑑定価格の妥当性を検証しており、価格計算において需給率〇・五パーセントを減価している点も右証言に照らすと不当とは認められないので、その算定価格に控訴人ら主張の如き妥当性を欠く点はない。なお、前掲乙第三号証の写真の水深に対する控訴人らの批判は、右写真を正解しないことによるものとしか思われない。

(3)  控訴人らは、「被控訴人の依頼した各鑑定及び補償額の算定は本件池沼の造成費用を計上していないから不当である。」と主張する。

しかして、《証拠省略》によれば、本件池沼の原型は深さ三寸ないし五寸の天然の潮止めであったものを、同控訴人において昭和二六年から同二九年にかけて掘り下げたものであることが認められるが、これに要した造成費用は、養魚池の営業経費として減価消却の対象となっていると認めるのが相当であるから、前掲乙第一二号証の鑑定書において求められた収益価格の計算の費用中に含まれていると見るべく、従って、右鑑定は控訴人ら主張の造成費用をも勘案して本件池沼の一平方メートル当りの収益価格は二、〇〇〇円と算定していることになるから、控訴人らの右主張は失当である。

右のようなわけであるから、本件池沼の水深に応じ、その埋立に要する費用を控除して価格を算定した愛知県収用委員会の計算方法は相当であり、深く掘ってあれば損失補償額を高くしなければならないとの控訴人らの主張も理由がないというべきである。なお、愛知県知多市八幡字浦浜新田の養魚池の収用事例が一平方メートル当り三、二〇〇円であるとする控訴人らの指摘が誤りであることは《証拠省略》により明らかである。

(4)  釣堀営業に対する補償額及び通水路に対する補償額について、被控訴人の主張するところは相当であって、控訴人らの主張は理由がない。

(5)  また控訴人らは、収用委員会が乙第一一号証の二の鑑定書を引用又は参考にすることが違法であると主張するが、独自の見解にすぎず失当である。

(二)  被控訴人の抗弁について

《証拠省略》によると、裁決にかかる前記補償額のうち、営業補償金については被控訴人主張のとおり控訴人らにおいてそれぞれ受領済であり、土地の補償金については、被控訴人主張のとおり、控訴人らが本件収用土地の所有者ないし関係人として確定したときにこれを受領し得るものであるところ、未だこれが未確定であるため、被控訴人において供託していることが認められる。

(三)  以上によれば、控訴人らの本位的請求は理由がないものとして棄却すべきである。

三  そうすると、控訴人らの予備的請求をいずれも却下し、本位的請求を棄却した原判決は相当であって、本件控訴はいずれも理由がないから棄却することとし、控訴費用の負担につき民訴法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 植村秀三 裁判官 西川豊長 裁判官寺本栄一は職務代行期間終了につき署名押印することができない。裁判長裁判官 植村秀三)

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